xckb的雑記帳

身の回りにあったことを雑多に語ります。

話題のお絵描きAIのMidjourney先生に、般若心経をお題にイラストを描いてもらったぞ

先日、アニメのタイトルを渡して、それをお題に絵を描いて、とMidjourney先生に無茶振りしたのだが、意外に面白い絵をたくさん描いてきてくれたので、今度は何をしようか、とふと思いついたのが般若心経だ(なぜ?)。

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いや、お経の内容をAIに渡してどう解釈して絵を描いてくるか、というのはなんか実験として面白そうじゃないか。

いくつかの般若心経の現代語訳を参照して、難しい言葉をある程度置き換えて、DeepLを使って英語に直した上でMidjourneyのNGワード(結構あるのよ、これが)を避けた言い回しにしたり、など各種調整を行って作った英文をMidjouneyに与えて絵を描いてもらった。

このMidjourneyに与えた英文と、その英文をもう一度DeepLで日本語に戻した日本語文をそれぞれの絵に添えている。日本語訳に関しては、DeepLの出力から、訳語の齟齬がある部分や文調の統一などの微修正は行ったが、概ねそのままである。こちらのAIの仕事も素晴らしい。

まあ、何せ仏教素人の仕事だし英語力も低いので、適切でない翻訳が多々あると思うのだが、まあその辺りは今回は絵の方が主役ということで、ご勘弁いただければと思う。

…というか、なかなか良い絵を描いてくるではないか、Midjourney先生(今回から先生呼びになっている)。

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

When the Bodhisattva of compassion was practicing Prajna-Paramita (the Perfection of Great Wisdom), he discerned that the five components of all beings are all void, without inherent nature or substance, and therefore overcame all suffering and calamities.

慈悲の菩薩が般若波羅蜜多(大智慧の完成)を修めたとき、万物の五構成はすべて空であり、固有の性質や実体がないことを見抜いて、すべての苦しみや災難を克服したのである。


舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是

Sariputra, what is form is not different from the void, and the void is not different from what is form. What is form is void, and the void is form. And the actions of perception, representation, formation, and discrimination are also void.

サリプトラ、形あるものは空と異ならず、空は形あるものと異なることはない。形であるものは空であり、空は形である。そして、知覚、表象、形成、識別の作用もまた空である。


舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

Sariputra, since all existence is characterized by void, it neither arises nor perishes, it neither stains nor purifies, it neither increases nor decreases.

サリプトラ、すべての存在は空であるため、生もなく滅もなく、汚れもなく清もなく、増えも減りもしない。


是故空中 無色 無受想行識

That is why, in being void, there is no formality, no sensing action, no representational action, no forming action, no discriminating action.

だからこそ、空であることには、形式も、感知作用も、表象作用も、形成作用も、識別作用もないのである。


無眼耳鼻舌身意

The eyes, ears, nose, tongue, body, and mind do not exist.

目、耳、鼻、舌、体、心などは存在しない。


無色声香味触法

Form, sound, smell, taste, touch, law and truth, all do not exist.

形、音、匂い、味、触覚、法則、真理、すべて存在しない。


無眼界 乃至無意識界

The parts of the body that receive sensations, the phenomena to which they are subject, and all of our perceptions of them do not exist.

感覚を受ける身体の部位も、その対象となる現象も、それに対する我々の認識も、すべて存在しないのである。


無無明 亦無無明尽

There is no state of being without wisdom, and there is no end of state of being without wisdom.

智慧のない状態はなく、智慧のない状態の終わりもない。


乃至無老死 亦無老死尽

Nor do we grow old and die, nor do we run out of growing old and death.

また、老いて死ぬこともなく、老いて死ぬことが尽きることもない。


無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故

There is no suffering of life, no accumulation of vexations, no nirvana with all vexations destroyed, and no path to nirvana or nirvana at all. There is nothing to know, nothing to gain.

人生の苦しみも、煩悩の蓄積も、すべての煩悩を滅する涅槃も、涅槃への道も、涅槃も、まったくない。知るべきことも、得るべきこともない。


菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無圭礙 無圭礙故 無有恐怖

With Prajna-Paramita (the perfection of great wisdom), the Bodhisattva has no more obstacles to the mind. Because there is no obstruction to the mind, there is no fear.

般若波羅蜜多(大智慧の完成)により、菩薩にはもう心に障害物がない。心に障害物がないため、恐怖もない。


遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提

They transcend false ideas and illusions to attain nirvana. The Buddhas of the past, present, and future will also attain perfect enlightenment through Prajna-Paramita.

彼らは誤った考えや幻想を超越し、涅槃に到達する。過去、現在、未来の仏たちも、般若波羅蜜多によって完全な悟りを開くだろう。


故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪

That is why you should know: Prajna-Paramita is the great mantra, the mantra of great enlightened wisdom, the incomparable mantra, the mantra so great that there is nothing to compare it with.

だからこそ知っておくべきなのである。般若波羅蜜多は偉大なマントラ、偉大な悟りの知恵のマントラ、比類のないマントラ、比較するものがないほど偉大なマントラなのだ。


能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

This is the true and certain thing that can exclude all suffering. Therefore, let us chant the mantra of Prajna-Paramita here.

これこそ、すべての苦しみを除くことのできる、真実で確かなものである。だから、ここで般若波羅蜜多のマントラを唱えよう。


羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

O ye who go, O ye who go, O ye who go to the other shore, O ye who go to the other shore at all, O enlightenment, be blessed!

往く者よ、往く者よ、彼岸に往く者よ、全く彼岸に往く者よ、悟りよ、幸あれ。


般若波羅蜜多心経

Prajna-Paramita (the perfection of great wisdom) Heart Sutra


感想

感想を書いてみよう。まずは自分に煩悩が多すぎるのにこんなことをやってしまい、申し訳なさでいっぱいである。

とはいえ概ねそれなりにおお、と思う絵が出てきているのはなかなかすごいし、普通に挿絵として成り立っている感がある。最後から3枚目と2枚目が続き絵のようになっているところとか(特に最後から3枚目、実にダイナミックだ!)、なかなかすごいな…と思ってしまった。

一方で「無眼耳鼻舌身意」のところなどは難しかったと思う。あと最後のタイトルで、般若心経の「心」に引きずられて全部赤いハートマークになってしまった時はどうしようかと思ったけど、まあなんとかなんとかなところに落ち着いたかな。多分中央の紋様は赤いハートマークが改変を受けたものだと思う。

まあ4つの絵から自分好みのものを選べる点で自分のバイアスが入っている訳だが、それにしても結構面白い絵が生成されてきたのは興味深い。AIがたくさん見まくった画像とこちらが与えたキーワードから、なんだかわからない機械学習を経て生成されてきたAIによる創作物がこの絵、ということなのだろうな。

最後のサンスクリット語のマントラの部分、なかなか面白い翻訳になったが、もともと漢字表記の般若心経では最も意味不明な文字の羅列部分だし、これはこれでいい文章だ、と思うのでそのままにした(この部分の現代語訳の定説は、概ね昔の記憶にあったものと同じだった)。生成された絵もなかなか気に入っている。

そういえば般若心経からの創作物といえば、チベットのシンガー央金拉姆の「涅盤心經 Prajna Heart Sutra」を思い出した。マントラの部分だけを歌った曲だが実に良いんだよなこれが。

www.youtube.com

Apple Musicにも入ってる。ここから辿ると、今年5年ぶりにアルバムを出したみたいだな。聴いてみよう。

涅盤心經

涅盤心經

  • 央金拉姆
  • チベットネイティブ音楽
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

Wikipedia「般若心経」の「現代文化における受容」を見ると、まあ色々な人がそれぞれの般若心経を唱えていてなかなか良い。

参考文献