さて、4連休の「Go To県内」の一環として、久しぶりに川崎市岡本太郎美術館に、うちの少年を連れて行ってきました。企画展の名前は「古事記展」。
なんか「古事記展」ってタイトルからすると、ちょっと地味な展示を一瞬想像してしまうじゃないですか。いや、古事記自体は色々とんでもない物語であることは把握しているけれども、どうやって展覧会にするね、と。
…すみません私が間違っていました。
会場に入った途端に何かを勘違いしていたことに気がつきました。
なんだこれは…。
会場に入って左を見ると。
右を見ると。
なんだこいつら…しかも動くぞ…。
なんか想像していたんと全然違う! ちなみにうちの少年(小2)も大興奮! 彼は自分のカメラを持ってくるのを忘れてしまったので「ケータイ貸して!」と言うなり、会場中でiPhoneで写真を撮りまくっていました(ちなみに今回の企画展、撮影はOKです)。
コンセプトとしては、この「気膜造形」(化学繊維の膜に空気を吹き込み続けることで形態を維持する作品)を使って、古事記の神々を表現する、というもののようなのですが、この会場内も順路に従って、
- 別天(ことあまつ)
- 七代(ななよ)
- 生国(くにうみ、ただし今回はここの作品はない)
- 生神(かみうみ)
- 黄泉(よみ)
- 禊(みそぎ)
のゾーンに分かれていて、それぞれの神々が「気膜造形」作品となって観客を迎える、という感じです。
こちらは「別天」(ことあまつ)。自分で写真を撮り忘れたのでうちの少年の撮った写真を。手前から「触らぬ神」(アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ)、「細胞の神」(ウマシアシカビヒコヂ)、「思考の神」(アメノトコタチ)、そして「重力の神」(クニノトコタチ)。
さすがにこの辺りの神様は全然知らない。たとえば真ん中の「細胞の神」、つまり「ウマシアシカビヒコヂ」なのだけれども、調べると「そんな神様いたのか」的な感じ。
造化三神が現れた後、まだ地上世界が水に浮かぶ脂のようで、クラゲのように混沌と漂っていたときに、葦が芽を吹くように萌え伸びるものによって成った神
「別天」の神様は全てその後古事記に登場しない神様らしい。
まあともかく、これを機にと、この作品群の神様のイメージと、神様の名前で検索した結果の古事記のストーリーを比べながら見ていくと、実に面白い。
この手前は「七代」の神様で、背後に「生神」の神様が見えている。手前は「大地の神」(ウヒヂニ・スヒヂニ)、「岩石の神」(ツヌグイ・イクグイ)、「谷戸の神」(オオトノヂ・オオトノベ)。このように、古事記の神様は男女ペア、というか兄妹の神様も多いが、男女ペアの神様は1つの作品としてまとめられている場合が結構あるようだ。
こちらはなんと「相対の神」という名前で、イザナギとイザナミ。なんか水引きのようだ。(ちなみにイザナギ、イザナミはこのあと古事記のストーリーを反映してか、再度全く別の作品として別々に出てくる)。
叢雲とクルクル回るDNAの前でバタバタする巨大な赤ちゃん。すげえ。ちなみに叢雲とDNAはまだ七世の神様でそれぞれ「大気の神」(トヨクモノ)と「生命の神」(オモダル・アヤカシコネ)。男女の神かつ人体と生殖器崇拝に関連した神を二重螺旋で表現するのは、ベタだがうまいな。
赤ちゃんは「生神」の神様で「大事の神」(オオコトオシオ)。国産みの後で神産みの最初にイザナギとイザナミの間に最初に生まれた神様。動いている姿をGIFアニメで。いやこれ、実物は本当にでかいんだよ。すごいな。
そして神産みで生まれた神々が続きます。手前の桜っぽい樹は「木の神」(ククノチ)、その向こうの瓢箪は「用水の神」(ツラナギ、ツラナミ、アハナギ、アハナミ、アメノミクマリ、アメノクヒザモチ、クニノミクマリ、クニノクヒザモチ)、その奥の青い水を形どったような作品は「河の神」(ハヤアキツヒコ、ハヤアキツヒメ)、その上に浮かんでいるのは「風の神」(シナツヒコ)さらに奥の大きい数本の柱が「山の神」(オオヤマツミ)でその麓の草みたいな神様が「野の女神」(カヤノヒメ)。
こちらもうちの少年が撮った写真を拝借。「食物の女神」(オオゲツヒメ)。
この神様も色々すごいキャラクターなのです。
高天原を追放された須佐之男命は、空腹を覚えて大気都比売神に食物を求め、大気都比売神はおもむろに様々な食物を須佐之男命に与えた。それを不審に思った須佐之男命が食事の用意をする大気都比売神の様子を覗いてみると、大気都比売神は鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。須佐之男命は、そんな汚い物を食べさせていたのかと怒り、大気都比売神を斬り殺してしまった。すると、大気都比売神の頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。 これを神産巣日御祖神が回収した。
そう思ってもう一度上の生々しいお姿を見るとより印象深いと思います。ちなみに撮り忘れたけれども、陰になっている反対側の造形もなかなか素敵です。
で、古事記をご存知の方はお分かりのとおり、このあたりから色々とストーリー上の問題が発生。この「火の神」(カグツチ)を産んだときにイザナミは隠部に火傷を負い、それが原因で死んでしまいます。
そうして死ぬイザナミの尿と糞とゲロから生まれたのが「造形の神」です。尿から生まれたのが水の神のワクムスビとミズハノメ(そう、ID: INVADED面白かったよね!)、糞から生まれたのが粘土の神のハニヤスビコ、ハニヤスビメ、ゲロから生まれたのが鉄の神のカナヤマビコ、カナヤマビメ。火の神の足下に鎮座するこの像では、上からその順番に並んでいます(この写真もうちの少年が撮ったやつを拝借)。
そうしたイザナギの涙から生まれたのが「涙の神」(ナキサワメ)。この目が開いたり閉じたりします。
さすがにこのあたりで思い出しました。これ、以前岡本太郎デザインの「パイラ人」(映画「宇宙人東京に現わる」)を同様の空気で膨らむ作品にしていた人じゃないかな、と思ったらそうだった。高橋士郎さん。以前パイラ人が展示されていた時のブログはこちら。
この高橋士郎さんって、こんな作品たちを作りつつもアカデミックにはイスラム数理造形の専門家とのこと。おお。ちなみに今回の作品についてもご自分のページで解説されているのですが、なんだこの色々見覚えのあるヤバい系サイトのような構成とデザインは! とは言えこの方がただのヤバい人じゃないということは今回の作品たちのヤバさを見ればわかる。これはとてもすごくヤバい。つまり大好きだ。
そして世界は「黄泉」に入ります。左が再びのイザナミ。黄泉の死んだイザナミでしょうね。右がイザナギ。イザナミの死因となった火の神(カグツチ)を殺すわけですが、その時に使った「鉄剣の神」もいました。
こちらは「黄泉比良坂」。黄泉からイザナギが帰ってくるときに通る場所ですね。イザナミに「見るな」と言われたのに、イザナギが光で照らしてイザナミの腐敗した姿を見てしまい、怒ったイザナミに追いかけられて結局離婚して黄泉から戻る場所、なのかな。その向こうに見えているのは「多くの禍」(ヤソマガツヒ)。
このストーリー、オルフェウスの話に似ているよなぁ、と思っていたけれどもやっぱり有名な話だったのね。
トンネルを抜けた場所から振り返ると、そこにはまたまた動く巨大なイザナギの頭が。
その隣にあるこの巨大な渦は「巨悪の呪」(オオマガツヒ)。黄泉の汚れから生まれた災厄を司る神。いやーこれ本当にでかい! 先ほどのヤソマガツヒとペアで災厄コンビですね。
そして最後の禊ゾーン。手前の緑の2本が「浄化の女神」(イヅノメ)、左のヒトデみたいな形の神様(ウネウネとすごく動く)が「免疫の神」(オオナオビ)、その後ろの木みたいな神様(こちらもシャキーンと動く)が「再生の神」(カムナオビ)。この三柱が先ほどの災厄コンビによる災いを正すために現れたそうです。
まあ結構撮り忘れた神様も多いし、何より現地でこの大きさと質感を感じつつ見るのがおすすめだと思いますので、2020年10月11日 (日)まで開催されているこの展覧会、ソーシャルディスタンスに気をつけつつ、ぜひご覧になってはいかがでしょうか。
こちらはミュージアムカフェの「古事記展」メニューの和風パフェ。残念ながら一番底に抹茶蜜が使われていたので底の部分は食べられなかった(カフェイン無理な体質なので…)のですが、美味しかったなぁ(お茶はカモミールティ)。
ちなみに、美術館のある生田緑地のビジターセンターには同じ高橋先生のカエルが…。
美術館の入り口のところには、おそらく最近の作品に違いないアマビエさんが鎮座されていました。古事記には関係ありません。
ところでこの今回の企画展の目録、室内での展示写真を集めていると思ったらほとんどの作品がアウトドアで撮影されていて、しかも生田緑地だけではなく、琵琶湖畔や島根でも撮影されていたりで、非常に気に入ったので買ってきてしまいました。
ということで、ご都合のつく方は会期中に是非! 私も可能ならもう一回、今度はじっくり一人で見たいな。