xckb的雑記帳

身の回りにあったことを雑多に語ります。

オリンピックのためにサマータイム導入検討とか…ご冗談でしょう?

オリンピックの暑さ対策にみんなで打ち水とか、科学的根拠に乏しい対策を次々と打ち出して失笑を買っていた東京2020方面だけれども、ついにホコリを被っていた「サマータイム」なんて過去の遺物に手を出し始めたようだ。まさに溺れるものは藁をも掴むというか、サマータイムまで頼るくらいじゃもう打つ手が本当にないんだろうな的な絶望感を感じさせるわけだが、自分が影響を被る当事者になりかねないとなると、そう他人事のようなことを言ってもいられないわけだ。

そんなことで、まずは7月27日に組織委員会の森会長が首相官邸に要望したらしい。ふざけんなと思ったけれども、まあ常識的に考えて無理だよそれはと思ったので静観。

mainichi.jp

7月30日に菅官房長官が、「国民の日常生活にも大きな影響が生じる」と発言し、慎重な姿勢を見せたということで、流石にそこまでおかしな案に飛びついたりはしないよな、と少し安心していたのだけれども…。

www.jiji.com

なんと8月2日には安倍総理が前向きな姿勢を示したとの報道。なんてこったい。

news.tv-asahi.co.jp

そんなわけで、このまま放置していると本当にサマータイムを導入することになりかねない。ということで、この前世紀の悪しき遺物であるサマータイムについて、ちょっとガッツリと書いてみたい。

サマータイムはご都合主義

サマータイムはその時々で、さまざまな理由で必要とされ、導入を試みられてきた。逆説的に、これらの理由を列挙するだけで、サマータイムというものがなぜ必要ないかということがよく分かる。

  1. 工場の労働時間を増やすため
  2. 明るいうちに行動して電気を節約するため
  3. 余暇を活用するため
  4. オリンピックが暑いから ← NEW!

まずは1.と3.は明らかに矛盾する。2.と3.も、よく考えると余暇が増えれば余暇にエネルギーを使うわけだからこれもなんかおかしい。3.は明るい時間がレジャーに快適であるということを仮定しているので、4.とも矛盾する。要するにサマータイムというものはその時々のご時勢に合わせて、なんか都合が良さそうなものに効果があると主張して導入を推進されているのである。まさにご都合主義というほかはない。

根拠がご都合主義なら、それを正当化する理屈もご都合主義である。以前サマータイムに興味を持って調べたのは1990年代だったと思うが、その頃政府が音頭を取って「地球環境と夏時間(サマータイム)を考える国民会議」なるものを立ち上げて検討したのだった。当時はまだ若くて、あまり擦れていなかった自分は、この会議の報告書を読んで、結論ありきの報告書というのはこうやって書くのか、という事を学んだのだった。

サマータイムにかかる費用の35%は信号の改修費用

この報告書、もうネットに見つからないなと思っていたら、Wayback Machine先生がちゃんと残してくれていた。ありがたい。

https://web.archive.org/web/20001205012400/http://www.kokuminkaigi.gr.jp:80/genan/index.html

当時一番感動したのが、「サマータイムにかかる費用の35%は信号の改修費用」ということだ。残念ながらその結果を示す表が画像ファイルになっていて、その画像ファイルがWayback Machineさんに保存されていないのでそのまま俎上に載せるわけには行かないのだが、前後の文章からそれは推定できる。

<1>金銭的コスト負担
 サマータイム制度導入に伴い直接的に金銭的コスト負担が必要となるものを、全省庁及び主要産業界からのヒアリング結果等に基づき試算を行った。ハードウェア改修費とソフトウェア改修費に大きく整理して集計すると総額で約1000億円(考え方によっては850億円)のコスト負担が見込まれる。

(失われた表、この後に表の各項目に関する注が続く)

(注1) 時間帯別料金を選択している需要家の電力メーター(約290万口)の変更費用(未償却部分の資産価値に相当)。これ以外の民間で使用されている機器(コインロッカー、タクシーメーター等)は、手動で時計を調整すること等で対応が可能であることから、コストはほとんど発生しない。

(注2) 現在の交通信号機では導入後の交通実態に対応できず、信号機にサマータイムへの自動切換の機能を付加することに伴うもの。(交通信号機の改修費用については、上記350億円の予算手当が必要となるが、他方、信号機について一般の企業資産と同様に償却するとの考え方にたてば、改修コストは、改修される信号機の未償却部分の資産価値と捉えることも可能であり、そのコストは約180億円となる(事務局試算)。)

(注3) 早朝の農薬散布作業時間が1時間短縮されるため、有人ヘリコプターによる農薬散布が行えなくなる水田について、ラジコンヘリの手当等による対応が必要となることに伴うもの。

(注4) 各省庁の各種ソフトウエアの改修費。

(注5) <1>切換時にホストコンピュータを止められない、<2>料金等が時間に依存した契約になっている等の状況にある企業(電力、通信、放送等)についてのソフトウエア改修費。

(以下略、傍線筆者)

出典:4.サマータイム制度をめぐる主要論点についての考え方_(4)

驚くべき結論である。全体の改修費用がハードウェア・ソフトウェア合わせて1000億円、そのうち信号機の改修費用が350億円だそうだ。そしてどうやら改修対象となるかの判定は、「ホストコンピュータが止められない」「時間別の料金がある企業」というような判別基準でやっているそうだ。おそらくそれ以外のシステムは「手で時間を合わせられるから問題ない」のだろう。

この報告書が書かれたのは1999年である。そのときにはもうWindows 98 SEが出ていて、インターネットもあまねく普及しつつあった時期なのだ。その時期に書かれた報告書であることを考えると実に趣深い。

(2018年8月9日追記)こちらの表ですが、他の資料から発掘された方がいらっしゃいました。

この「他の資料」の出典が書いていませんでしたが、実は私も発見していて、http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/report/other/detail/2755/jri_050526.pdf となります。また、同内容がhttp://openweb.chukyo-u.ac.jp/~akusumi/gakugai/07teemazemi/nakamura.pdfにも掲載されています。

というわけであらためて、これです。

f:id:xoc:20180809122405p:plain

こうしてあらためて表としてみると、なんかありえないバランスの見積もりだな、という感想です。20世紀ならこんなもんだろ、という若い人もいるかも知れませんが、ありえません。当時、リアルタイムにこの問題を追っていて、この表を見たとき実に唖然としたことを記憶しています。

IT関連のサマータイム対応

とは言っても、現在利用されている各種OSなどの基本ソフトが、サマータイム導入で混乱を起こすとは考えにくい。主に問題となるのは、日本で開発され、日本で利用されている各種雑多なアプリケーションやシステムである。ありがちな問題点としては、本当にローカルタイムでデータをソートしていないか、ローカルタイムで事象の前後関係を判別していないか、ローカルタイムで時間差の計算などを行っていないか…などを、ソースを見て検証する必要がある。ありとあらゆる、時間を扱うシステム全てだ。

報告書では様々なシステムを「対応の必要はない」と切り捨てているが、本当に「対応の必要がない」ことを確認することにだってコストは掛かるし、それは件の報告書が書かれた1999年当時でも、2000年問題への対応でその事を我々は学びつつあったはずだ。

また、こういう議論が出ると、IT系の景気対策になるからいいじゃないか、という意見が外野から出てくるのが定番だが、どうだろうか。

  1. 「対応の必要がないことを検証する」作業に、ちゃんと多くの日本の企業は適切な費用を払うつもりがあるのだろうか?
  2. 「対応の必要がないことを検証する」作業は、創造性のかけらもなく、なおかつ人材を疲弊させる賽の河原的作業である。2000年問題なら世界中がそれでも頑張ったが、日本国内限定でそのような人的資源の無駄遣いをする余裕があるのだろうか?
  3. 海外の企業の製品はおそらく問題はないだろう。だが、今や小さい市場となった日本だけのために、検証をちゃんとやってくれるのだろうか。下手をすると、日本のサポートを外されるきっかけにされかねないのではないだろうか?

サマータイムの効果はあるのか?

とりわけ今回のサマータイム導入論で不可解なのは、オリンピックが暑くて嫌ならオリンピックのスケジュールだけ2時間早めればいいのに、なぜ社会全体にサマータイムなる壮大な無駄を強いるのかということだ。公共交通機関が動かないならその期間だけ特別ダイヤを組めばいい。ただでさえ無意味なサマータイムだが、その中でもトップクラスに意味不明なサマータイムの導入論と言えるだろう。

ちなみに、それだけ馬鹿なことをやっても何かしら省エネやら働き方改革やら何らかのいい効果があとに残るなら考えてもいいのだが、そのサンプルとして件の報告書ではどのような省エネに関するメリットが挙げられていたのかを紹介してみよう。

サマータイム制度の省エネルギー温室効果ガス削減効果は、直接効果と間接効果の2つに分けて考えることが必要である。直接効果については、まず、夕方の明るい時間が1時間長くなることによる照明需要の節約の効果が大きい。また、午前中の気温が低くなること等に伴う冷房需要等への影響があり、日中の使用が中心である業務用冷房については省エネとなるが、家庭用冷房についてみると午前中の省エネ効果を上回る夕方の増エネ効果があるため全体としては若干増エネとなる。この様に、家庭用及び業務用の照明及び冷房需要等に与える効果を合計してみると、我が国全体としては省エネ、温室効果ガスの削減効果が認められる。

間接効果については、2通りの効果が考えられる。まず第一に、「地球温暖化対策推進大綱」に本国民会議の設置目的として記載されているとおり、「人々が自ら地球環境にやさしいライフスタイルを工夫し、実現するきっかけとなる『夏時間』」という側面である。国民会議の審議においても、多くの委員及び意見陳述人から指摘されているように、サマータイム制度が導入され、年2回時計を調整する際に、国民一人一人がどうしてこの様な制度が導入されたのかを心に留めることを通じて、「地球環境にやさしいライフスタイル」を実現するという意識改革に寄与する効果があると考えられる。第二に、サマータイム制度が導入されると明るい夕方の時間が長くなり、副次的な効果として、ショッピング、戸外活動等の余暇活動の増大が予想されることから、これらの活動に伴う増エネルギー効果の発生が考えられる。

(傍線筆者)

出典:4.サマータイム制度をめぐる主要論点についての考え方_(1)

まず最初の傍線。照明に関しては効果があるとされているが、エアコンは各家庭での需要が夕方に伸びるので差し引き増加があると認めている。その差し引きで効果があるとされているが、これは要するに仮説を検証する際のパラメータ次第で、効果なしもしくは逆効果の結果も出るということを示している。さらに現在では照明はLED化が進んでおり、さらに節電の上での重要性を低くしている。

第2の傍線、ただの精神論である。時計を調整することで俺は環境にいいことをしているのだ、だから他でも節電しよう、となると。別にサマータイムである必要は何一つない。

第3の傍線。明るい余暇の時間が長くなるとその分ショッピングやレジャーで人はエネルギーを消費する。当たり前の話だ。で、節電が目的だったんだっけ、それとも余暇を増やすのが目的だったんだっけ?

そんな当然の疑問が次から次に湧いてくるのだが、そこに報告書はこう結論付けるのだ。

サマータイム制度導入による省エネルギー効果試算】

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出典:4.サマータイム制度をめぐる主要論点についての考え方_(1)

つまり、省エネ効果が95.5、それを打ち消す増エネ効果が45.5あり、差し引き50.0の省エネ効果があると言っているわけだ。だが先程も述べたとおり、こういうプラスとマイナス差し引きの計算は、仮定が少し狂えば大きく変動することが予想されるし、そもそも「サマータイム導入コストの35%が信号機の改修コスト」なんてことを言っている人たちの計算ですらこの程度の効果、ということを前提に考えるべきだ。

そもそもこの50.0という値、単位は「原油換算万kl/年」なのだが、日本全体のエネルギー消費に対してどの程度効果があるのかが書かれていない。とりあえず調べてみると、日本全体のエネルギー消費は2000年時点で4億5000万kl/年。つまり報告書の単位で換算すると45000。そのうちの50の効果だというのだ。わずか0.1%の省エネ効果である。つまり、これほど贔屓目の人々が調査した結果でも、サマータイムに省エネ効果はほとんどないのだ。

比較対象として、たとえばここ数年の電球のLED化でどの程度節約できたのか、に関してはちょうどいい資料が見つからなかったが、信号のLED化だけで22.8万kl/年の効果を見込んだ資料なら見つかった(LED照明推進協議会:LEDについて)。つまり信号だけで上の単位でいう22.8、つまり贔屓目に見たサマータイムの、約半分の効果があったことになる。家庭や企業での照明などもどんどんLED化されていることを考えると、日本全体ではこれを遥かに上回る効果があったと予想できるだろう。

実際のところ、日本よりも高緯度ではるかにサマータイムの効果があるであろうとされるヨーロッパでさえ、昨今サマータイムの廃止論が何度も取り沙汰されている。

反対派の意見として多いものには、「サマータイムに切り替わる時に疲れやすくなる」、「時間の切り替えで混乱が起きやすい」、「電力の節約などの効果はなく意味がない」などがある。ドイツ・リューベック大学で時間生物学を専門とするヘンリック・オスター教授は、「サマータイムの時間切り替えは、人間にとっても動物にとっても体内時計に逆らうもので、時差ボケのような状態を引き起こす」と指摘。イタリア・フェラーラ大学の研究グループが今年発表した睡眠医学リポートでは「サマータイムに切り替わった最初の週は、心臓発作を起こす人が増える」といった調査結果も出されている。

出典:欧州でサマータイム廃止論議が活性化 意外に多い反対派の主張とは? - NEWS SALT(ニュースソルト)

それでも現在やめていない理由の一つはおそらく、始めるのも大変だけれどもやめるのも大変だからだ(まあ、始めるよりは楽だろうけれども)。この情報化時代に、好き好んで自国だけ2000年問題を起こすような国は少ないということだ。ああ、例外に我が国が加わりそうだな。困ったもんだ。

どうも、1999年の後に、もう一度似たような会議があって提言がまとめられたらしいのだが、そこまでちゃんとフォローする気力も今のところない。本当の本当に導入されそうな危機感を覚えてきたら少し調べてみるかな、とも思うけれども…、そんな事がないように頼むよ、本当に。