xckb的雑記帳

身の回りにあったことを雑多に語ります。

四月は君の嘘:「次世代」のアニメ監督・イシグロキョウヘイ トークショー in 三田祭

さて、『11月22日(日)にアニメ版「四月は君の嘘」の監督であるイシグロキョウヘイさんのトークショー三田祭である』という情報を聞き、実はその日はサークルのOB会が三田祭に合わせて田町であるんだよな…的な事情も相まって、「まあこれは俺としては行かざるをえないだろう」的な感じで、休日の慶應義塾大学三田キャンパスまで行ってまいりました。

そんなわけで、簡単にレポートを書いておこうと思います。録音などはしていませんので、多少不正確な点などが有りましたらお詫びいたします。

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このイベントの情報ですが、練馬アニメフェスティバルで行われた「四月は君の嘘」生オーディオコメンタリーの会場(私は抽選で外れました!)での発表の他には、あまり大きく宣伝されていなかったようですので、君嘘ファンでも知らない人は結構いたんじゃないかな? かくいう私も、最初は「どこかの学園祭でイシグロ監督が話すらしい」という話はそこはかとなく聞いていたのですが、まさか三田祭だとは思っていませんでした。

以前のイベントのように、声優さんたちも一緒に出演するわけではないので、純粋に監督の話を聞くだけの目的でやってくる人ってどのくらいいるんだろうな、と思ったのですが、結局150人弱くらい入っていたのかな? 大教室の会場も、そこそこちゃんと埋まってました。まあ、「四月は君の嘘」のBlu-rayやDVDのオーディオコメンタリーを聴いた人ならわかると思いますが、イシグロ監督ってとても話が上手いからね。面白さでは声優さんトークを完全に食ってるし。

というわけで、トークショーの開始時間になり、監督は教壇横の扉から、相変わらずのあの独特のファッションで登場。赤と白のド派手な模様の靴それどこで売ってるの?(笑)

最初は、主催のアニメカルチャー研究会の学生さんが司会になってインタビュー的に進行していきました。

監督から、「SHIROBAKO面白かったですよね。毎回楽しんで観てました。僕も出たかったです」とのコメント。君嘘と同時期だったけれどもやっぱりちゃんと見てたのね。

大学生の頃はバンドをやっていたイシグロ監督。しかし、ミュージシャンとしての才能に自分で見切りをつけ、音楽経験を活かせる仕事は何かないか…ということで、好きだったアニメ業界はどうだろう、ということを考えたそうです。そしてプロデューサー志望で入社したのがサンライズで、当初は制作進行。

「宮森です(笑)」…うん。今はそれで制作進行のイメージがみんなに湧くからSHIROBAKOは実に有用だな。

そして、初めてアニメが目の前で出来上がっていくのを見ながら、実際に作っている側のほうが楽しそうだなぁ、と思うようになり、プロデューサールートから監督ルート(最初は演出助手)に転向したのだそうです(サンライズにはそういうキャリアパスもあるらしい)。ちなみに現在はフリーですね、監督。

そんなわけで、ここから教室のプロジェクターで「四月は君の嘘」22話のAパート、公生(と、かをりの幻影)がショパンのバラード1番を演奏する部分をBlu-rayで流しながら、監督の生コメンタリー的な感じのコーナーになりました。

「バラード1番」を最後に使うということを原作者の荒川先生から聞いたのは、放送の9ヶ月前だったそうです。聴いたことなかったので、どういう曲だろうと思って聴いてみると、実にドラマチック。楽譜を見ながら絵コンテを描いていったそうです。聴いたり、楽譜を見たりしながら、ショパンがどこでアクションを入れたいか、そのアクションにセリフのニュアンスなどを合わせることを念頭に絵コンテが作られていきました。

例えば、短調から長調に転調する場面で、公生がすべてを悟ったような悲しい顔をする、その明るい音楽に暗い映像を合わせることで、より悲しみが際立つという、対位法の効果を狙っているそうです。

また、カメラアングルが上下に移動するシーンは、メインのメロディの音程が上がる方向、下がる方向と一致しているなど、音楽の流れに合わせた絵作りが行われているということが、リアルタイムで監督の解説が入ることでよくわかりました。

「かをりの最期」のシーンも、原作とアニメの表現の違いが大きなシーンですが、これは監督によると、バラード1番が現実の音として流れる中で、アニメで原作と同じ表現を使ってしまうと、音楽のほうが勝ってしまうのではないか?ということで、アニメ版のあの、暗闇で無数の花びらが爆発して渦を巻いて昇っていくような演出となったのだそうです。公生にとってのかをりは常に「星」、つまり「スター」だったと。その星が最後の輝きを放って超新星のように消えていく姿をイメージして、あのシーンは作られている、ということでした。

そしてAパート最後の公生の「さよなら」は、モノローグではなくオンで実際に話しているということをイメージしているらしい。

ということで、ここでライブコメンタリーは終了。そして次はなんと監督謹製(?)のパワーポイントの画面が出てきて、実に大学の教室に合った雰囲気になりました。まずは「四月は君の嘘」の最終回Aパートにおける音楽表現についてのプレゼンです。これが、作成途中の未公開映像なども含め、とても面白いプレゼンでした。

四月は君の嘘」の演奏シーンを作るにあたって、監督が工程をほぼ一人で作り上げたのだそうです。その辺り、まさに音楽をわかっているという強みを活かした、と言えるでしょう。実写映像をトレースするロトスコープはほとんど使わず(22話全体で10カットほどしかロトスコープは使わなかったそうです)、実写映像を参考にして描くライブアクションの技法で演奏シーンは作られています。

まずは、スタジオで録音をします。そしてその録音を流しながらホールで映像を撮影します。ここで、複数台のカメラで撮るのはもちろん、ヴァイオリンの場合は弦を押さえる指や弓の動きを描く参考用に棒立ちで演奏するバージョンと、かをりの演奏を演技するように全身にアクションをつけたバージョンの両方を撮影したとのこと。

こうして撮影した映像を音楽とミックスし、それを元に絵コンテを描き、カッティングを行います。カットごとに作画参考用の素材を出力し、それを元に作画を行います。それを元に色々(笑)やって、完成。

おそらくこの結論に至るまでは、様々なリサーチを広範囲の人に行い、相当深い検討を行ったのではないかな、と想像します(別のインタビューでは監督は、制作中に工程の試行錯誤を行っていたら、現場は崩壊していただろうと語っているので、制作に入る前に十分に工程設計を終えていたということでしょうね)。制作進行時代に、現場全体を見渡していた経験が役に立っているのでしょう。

この過程で撮影された、22話Aパートの元となった、実際のヴァイオリンとピアノ演奏の映像をサンプルとして参照しながら、モデルアーティストの篠原さんと阪田さんの演奏シーンからどのように最終的な映像になっていくかの過程を、非常にわかりやすく解説されていました。

以前から何度かインタビューなどで語られていた通り、やはりヴァイオリンのほうが難易度はずっと高いようで、ヴァイオリンの場合は作画用の3Dガイドなどを出力した上で、アニメーターが作画を行ったのに対して、ピアノの場合はピアノ本体や椅子はフルCG、そしてキャラクターも第一関節より先しか出ない場合はフルCGで作成されているそうです。

なるほど、スタインウェイの3Dモデルとかちゃんと出来合いのものがあるのですか…と思ってググるとたしかに結構あるのね。

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そして「演奏作監」の浅賀さんのチェック、さらに各話作監総作監のチェックを受けた上であの演奏シーンは出来上がっていくと…。それにしてもあのクオリティを22話の最後まで維持できたというのは、まさに工程の設計が正しかったということでもあるし、本当に多くの人のすごい情熱があってこそだったんだろうなぁ、と思いました。

最後に、演奏シーンを作るにあたっての重要ポイントとして挙げられていたのは次の4項目でした。

  1. 製作工程の早期開発とコントロール(これは初期に監督が一人でやったこともありうまくいった)
  2. プロデュース側の協力(ホールを借りるとか、色々やらなければならないことがあったが、さすがはアニプレックスすごい)
  3. 制作現場の風通し(特に、作画と3Dとが直接コミニュケーションを取れるようにしたのがよかった)
  4. 熱意と覚悟(これが一番重要)

作画と3Dのコミュニケーション問題ってのはSHIROBAKOでもタローという触媒でカリカチュアされて扱われていましたが、なるほど、最近のアニメでは重要な問題なんですね。

最後の「熱意と覚悟」ってのは、特にアニメにかぎらず、大きい仕事をやるときには常に大事なことですね、ということで、「学生さんがオーディエンス中心の、その道のプロフェッショナルの話を聞くイベント」としても、なんかいい感じになっていたと思います。

プレゼンのパート2は、「ランス・アンド・マスクス」のオープニング(以下「OP」)における音楽と映像の表現についてでした。なるほどそう来たか。今季のアニメの中で「ランス・アンド・マスクス」は、内容は今のところあまり私の好みとは少し外れているんだけど、OPは本当に素晴らしい、とちょうど思っていたところでした。

監督によると「ロリコン認定を恐れずに作った(笑)」そんなOPですが、一見本編の内容に沿っていない様に見えるのは後々のゴニョゴニョでネタバレらしいです。最初に曲が決まっていて、その上に映像を乗せていくというTVアニメ的にはよくある制作だったとのこと。

私がこのOPを最初に見た時は、曲とよくマッチしている、リズミカルで非常にノリのいいOPだなぁ、と思ったのですが、監督曰く「映像は全てリズムで出来ている」のだそうです。リズムの要素は「変化」と「間」。映像における『変化』はカットを刻むことや映像の変化をつけること、「間」は時間のコントロールによって作られる。そういう解説を、実際のOPの映像の一部を見ながら説明されていました。

音楽と映像の中の強拍と弱拍を意識して考え、曲中のシンコペーションを見つけ出して映像に反映することを意識しているそうです。それによって、曲中のシンコペーションがもたらす独特の効果を、映像の中に反映させることが可能となるのでしょう。監督は音楽経験からこのあたりの技法を意識して使っているのですが、おそらく意識せずに感覚で使っていいOPを作っている人もいるのではないかな、ということで、一度中村亮介さん(「四月は君の嘘」OPの絵コンテ、演出、原画)とその辺りを語ってみたいそうです。

参考までに(さすがは亀ちん先生、わかりやすい解説だ)。

シンコペーション
シンコペーション(syncopation、切分法)とは、西洋音楽において、拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすことを言う。主に、弱拍の音符を次の小節の強拍の音符とタイで結ぶ、強拍を休止させる、弱拍にアクセントを置く、の3つの方法がある。俗語として「食う」と表現する場合もある。
...(略)...
シンコペーションの効果について、音楽プロデューサーの亀田誠治は自身がホストを務めた亀田音楽専門学校NHK Eテレ)にて「メロディーが前の小節に『食い』込むことで躍動感が生まれ、ウキウキとかワクワクといった気持ちにさせる効果がある」と説明している。
(出典: シンコペーション - Wikipedia

ということでまとめると、OP映像を作る上での重要な要素として監督が考えているのは次の4点だそうです。

  1. 変化と間の意識
  2. 強拍と弱拍、シンコペーションを捉える
  3. 上記を融合した絵コンテ
  4. 自由なイマジネーション

なんか、会場の雰囲気に合った、アカデミックな香りも漂う発表でした。コミュ力抜群のイシグロ監督流石です。

この後は質問コーナーがありました。「本日限定で何でも答えます(笑)」ということで結構多くの質問がされていましたが、全体的に見てみんな大人ですね。変な質問は特にありませんでした。

「MVやPVで影響を受けたものは有りますか?」という質問に、Pink Floydの"The Wall"と回答されていましたが、映画"The Wall"全体という認識でいいのですかね? 「アニメーションも入っている」ということなので、おそらく映画を巨大なMVと考えてその認識で正しいのでしょう。

www.youtube.com

Pink Floyd The Wall [DVD] [Import]

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「辛くなってくるとか、妥協してしまいたくなることはありますか?」という質問には、「仕事としてアニメに固執しない、楽しくできなくなったらやめていいと思う」と回答されていましたが、私はその割り切り方がとてもいい、と思いました。最後にも「自分の中での覚悟と無理を履き違えないのが重要」ということを話されていましたね。

クリエイティブな仕事をしていると、何かとこういう割り切りって結構抵抗があったりするかも知れないと思います。おそらく、最初に好きだった音楽を仕事にせずに、現在アニメの仕事をやってそれが好きになって、さらに昔の経験も生かしてハードワークを苦にせずやっていけている、という経験からくるものだと思いますが、オーディエンスにクリエイター方面に進みたい学生さんがいたとしたら、とてもいいアドバイスだったのではないかと思います。だから監督、この業界の人にしてはコミュ力高すぎます(笑)。

最後に抽選会があり、ランス・アンド・マスクスの監督サイン入り台本、今回のプレゼンに使った君嘘9巻Blu-rayサイン入り、そして奥様であり君嘘の総作監愛敬由紀子さんによるオリジナル色紙のプレゼントがありました。私は残念ながら当たりませんでしたが、当選した方おめでとうございます。

そんなわけで、あっという間の面白いトークショーでした。企画・運営されたアニメカルチャー研究会の皆様、どうもありがとうございました。

ちなみにイシグロ監督のインタビュー記事としては、やはり本ブログでも何度か紹介している「アニメスタイル006」の「四月は君の嘘」特集が、質・量ともに素晴らしいと思います。今回の内容と重なる部分もありますので、未読の方はぜひ(巻頭の50ページ超のSHIROBAKO特集もすごいですよ)。

アニメスタイル006 (メディアパルムック)

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