読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

xckb的雑記帳

15年ほどWeb日記をつけ続けていたのですが2012年で一旦休止、1年半ほど休んで新天地でぼちぼちのんびりまた始めてみることにしました。

QV-10が拓いた時代の終幕に寄せて

フィルム写真の終焉直前に業界の現場ではデジタルカメラなど眼中になかった - 日日平安part2」って記事が何度か私のFacebookに流れてきたんだけど、まあ実にフィルム時代からデジカメ時代への端境期をずっと見てきた世代としてはたしかに懐かしい話ですね。そしてなんといってもカシオのQV-10はやはり偉大だったと。

QV-10は思い出深い機種ではありますが、実は私が初めて使ったデジカメはQV-10ではありません。学生の頃研究室にあったAppleのQuickTake 100が、私が初めて使ったデジタルカメラでした。35万ピクセルであり、24枚分の内臓フラッシュストレージを持ち、Macにシリアル接続で画像を転送できました。このカメラこそが、事実上世界初の民生用デジタルカメラ…なのだそうです。

でも正直、あんまり面白くなかった。撮れるのが24枚なら、135フィルムは普通36枚撮れるし、何と言っても結局Macに繋ぐまで撮った映像が見られない。しかも実にアメリカ製品らしくかなりでかいので、持ち歩きが不便。デジタルガジェットとしてはいかんせん中途半端でした。

そんなところに現れたのがQV-10でした。QV-10は、

  • フラッシュメモリへの記録
  • フィルムよりもかなり多い枚数(96枚)をメモリに記録可能
  • PCへの画像転送
  • 液晶ファインダー
  • 撮った写真をその場で確認できる
  • 毎日持ち歩こうと思えば持ち歩けるサイズ
  • 比較的手頃な価格

という、現在のコンパクトデジカメが持っている基本要素をほとんど備えた初めてのデジカメだったと思います(リムーバブルなメモリという要素はありませんでしたが)。そして、写真→プリントという流れから、写真→ネットという流れに変えたという点でも、決定的な機種だったと思います。フィルムから解き放たれたカメラということから、レンズ部分をくるりと回して液晶モニタを見ながら自撮りができたという点でも、斬新なカメラでした。

あの頃は、ノートPCのHDD交換の仕方などをこのカメラで撮影してWebに載せたりしていました。掘り返したらその頃の写真がちゃんと残ってました。これは当時のHDD交換難易度私的ベスト1の難しさだったDigital Hinote Ultraの中身の写真ですね(そういえばもうDECも存在しないし…)。

f:id:xoc:20140305132736j:plain

それにしても、今見てもひどい画質ですが、当時から考えてもやはりひどい画質でした。CCDは25万画素あったようですが、実際の記録画像は320×240ピクセルということで、実質8万画素弱です。次の写真のように、LSIの足の部分が、ほぼ白黒の縞の間隔が狭くなることで、偽色の虹が出ています。パンフォーカスのレンズはボケボケで、CCDの発色もひどいものです。最初に紹介した記事にあった、銀塩方面の人が、こんな程度の技術を無視したという気持ちは非常に良く分かります。

f:id:xoc:20140305132802j:plain

それでもQV-10は、今までの「カメラ」とは全く違ったものでした。シリアルポート経由でシャッターを切ったり写真を取り出したりするUnix用のソフトウェアもユーザによって勝手に作られ、私は移動IPのFreeBSDラップトップで、定期的に取り込んだ画像をNCSAだかあるいは最初のバージョンが出たばかりのApacheだったか忘れたけど、Webサーバで公開してモバイルライブカメラを作ったりしてました。

とにかくQV-10は、「カメラ」の未来が詰まった夢のガジェットでした。あれに比べたら、QuickTake 100は残念ながら、私の認識ではただの「カメラをデジタル化したブツ」でした。そうそう、私はAPSのカメラも買ったのですが、QV-10を使った後では全く使う気になりませんでした。多分フィルムにして10本も結局撮らなかった気がします。

そして何年か後、このQV-10と同様の感覚をおぼえたガジェットがもう一つありました。それはQuickTakeを出した会社の新製品であった、初代iPod+iTunesです。あれをしばらく使っていたら、「このソフトで音楽がネット経由で買えたら」とか「この箱がネットにそのまま繋がり、音楽をサーバから持ってこれたら、あわよくばストリーミングできたら」とか妄想が膨らみまくった記憶があります。

iPodを引き合いに出してしまうと、せっかくQV-10という、あれだけ未来の詰まったガジェットを作ったにもかかわらず、「デジカメ」の世界でその後のカシオがぱっとしなかったのは残念でなりません。もしかしたら「写真」の世界をこれで変えてやろう、と思って作られたのではなく、さまざまま経緯から偶然、素晴らしいものが産まれてしまったためなのでしょうか?

(もともと、液晶テレビにカメラを付けようと思ったら小型化できなかったのでテレビチューナーを外してみた…という話を知った時、ああやっぱり、と思ってしまいました)

そんなQV-10が産みだしたコンパクトデジカメという概念も、そろそろiPodの末裔が携帯電話を食ってしまった末に産まれたバケモノに完全に食われてしまいそう…な今日このごろ。QV-10の後に「これがそのままネットに繋がったら」という妄想が実現できていたら…とも思うのですが、それって結局ガラケーであって、しかももう既にiPodの末裔に丸呑みで食われちゃったやん、と思ってガックシきてしまう今日このごろでありました。

無念。

P.S.「これがそのままネットに繋がったら」…eggyってやつもありましたな。あれも持ってましたが…うーん。